DUCATIと
葉巻と
モルトウィスキー
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矢野裕久 は13号地の前の環七を朱色のDUCATIに乗って風のように去って行く…。どんなに朝まで飲んでいようと、どんなに疲れていようとそのスピードが落ちることはない。何度、13号地からDUCATIに乗った姿を見送っただろうか、バイク便をやっているのだから心配無用…?ある日山手通りですれ違ったことがある、ビックリした、彼は片手をポケットに突込み、もう片方の手でステレオイヤーホンを直しながらバイクを運転してた。その時のバイクはセローで、大きな身体の矢野裕久は曲芸のくまのようだとニンマリしたが、彼の運転がいつも心配だった。
矢野裕久 は糟等位輔(そうらただすけ)と言うもう一つの名前を持っている。大きな身体に透きとおる色白の顔に鼻の下ともみあげからあごにかけ髭をはやし、葉巻(いつもはモアだった)をくわえウィスキーのストレートを
チビリチビリ飲む姿は、まるでハードボイルドの小説に出てくる人物のようだ。父親とフィリピンに暮らしたこともあり、マフィア通の彼は糟等位輔(そうらただすけ)の名でハードボイルド小説を休むことなく書き続けていた。一冊の小説が書き終わると、買い置きのモルトウィスキーの瓶の封を切るのを何よりも楽しみにしていた。
矢野裕久 は寡黙だ。嬉しそうに13号地のメンバーの話や相談に乗ってくれる。だから私達は彼の事を少ししか知らない。二三度ぐらい、他界したご両親のことや、フィリピンにいる弟さんや、お嫁に行った妹さんの話を聞いた。とても嬉しそうに話してくれた、弟さんや妹さんと事情があって会えないと聞いたが…、本当はご家族にいつも逢いたかったんだよね?
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